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『エスケイプ』

「・・・逃げましょう!!」
 軍主が叫んだ。
 その言葉に押されて、後列にいた者から順番に、目の前の敵に背を向け始める。
 賢明な判断だった。
 今現在、解放軍ご一行様は、竜騎士の砦に向かうべく、竜洞を行軍中だった。メン
バーは軍主とハンフリー、フリック、ルビイとモーガンと、そしてキルケである。S
レンジが四人もいるが、そんなことは関係ない。問題は、想像以上に手強い竜洞の魔
物のせいで、既に回復手段が全て尽きていることである。
 このメンバーの回復手段と言えば、基本はアイテムである。そしてルビイが装備す
る「水の紋章」。普段ならこれだけあれば十分なのだが、どうもこの洞窟だけは勝手
が違った。
 全体攻撃魔法を使用してくる敵が、多く出現したのだ。
 ここでもう一度メンバーの確認をしておこう。
 軍主(後列)。
 竜騎士団長のヨシュアと知り合いだから同行すると言ったハンフリー(前列)。
 何故ついてきたのかいまいちよく解らないフリック(後列・攻撃魔法&アイテム回
復班)。
 遠距離攻撃ユニットとして連れてきたルビイ(後列)。
 直接攻撃ユニットとして連れてきたキルケ(前列)。
 キルケに同じく、直接攻撃ユニットとしてモーガン(前列)。

 ・・・魔法攻撃に弱いパーティだった(特に前列)。

 そんなわけでアイテムはすぐに底をつき、ルビイの魔力もスッカラカンになって、
頼みの綱の軍主とフリックの攻撃魔法もなくなってしまった。
 全員のHPも残り少ない。
 そんなときに、何ともナイスなタイミングでエンカウントしたのだった。
 冒頭は、一旦は攻撃命令を出したものの、やっぱり無理だと判断した軍主の言葉で
ある。
「良し、行くぞみんな!」
 フリックが、軍主の言葉に続いた。
 軍主が走り、ルビイが後に続き、さらにフリックとハンフリーが素早く剣を収めな
がら逃走を始める。その速さたるやまさに電光石火。スタリオンに逃げ方を教わった
のだろうかと疑問符が浮く。
 下らないことを考えている場合ではないと、キルケも走りだすべく身体を反転し
た。
 と、その時。
「え!?あ、ちょっ・・・!?」
 キルケの後ろで、素っ頓狂な声が響く。
 モーガンだった。
 今まさに敵を殴ろうと身構えていた彼は、唐突な軍主の言葉に反応が遅れたのであ
る。元々素早いとは言い難い男だった。
 遠のく足音に焦りまくったモーガンは、急いで逃走を始める。
 その足元には何故か樽。
 お約束と言わんばかりに蹴躓くモーガン。

「う、うわっ!?」
 不可解に身体が浮いた。
 溺れる者はわらをも掴むと言うはた迷惑な精神がこんな時ばかり発揮されるのが人
間というもので、勿論、モーガンもその例には漏れない。
 そして・・・
 そして彼は転んだ。
 お約束通りに。
 僅かばかり前を行く「わら」をしっかりと掴んで。

「おい。」
「・・・はい。」
「転ぶなら、一人で転べ。」
「・・・・・・はい・・・。」
 全くのお約束通りだった。
 軍主達の足音は既に遠く、きっとモーガンがキルケを巻き込んで転んだことになど
気付いていないのだろう。そういう奴らだということはとうの昔から承知しているの
で、それに関しては最早何も言うまい。
 それにしても、魔物まで自分達に気付かず、上空を行ってしまったのはどういうわ
けだろう。
 疑問に思いながらキルケは、上からかかってくる重量に呼吸が押しつぶされている
のを感じた。
 ・・・重い。そう言えばモーガンは自分より一回りほど大きいんだった。このまま
では間違いなく全身複雑骨折にて死亡という間抜けな死に方だけは絶対したくない!
!(混乱している)
 ちょっと間。
「いい加減に、退け。重い。」
 しかし、モーガンはそれには答えずに、キルケの背中に顔を押し当てたまま動こう
とはしなかった。

 気を失っているのだろうか。はっきり言って気を失ってしかるべきは、巻き込まれ
て押しつぶされたこっちだと思うのだが。
「おい、どうした?」
 訝しげに尋ねると、肩に乗っていたモーガンの腕が不意に動いた。
 手をついて体を起こすのかと思いきや、その手はキルケの体の線をなぞるように下
がっていく。腰の辺りまで来た頃に、その腕は地面とキルケの間に割って入ってき
た。
「キルケさん、腰細い・・・。」
「!!!!!!!」
 いやな予感。
 ただでさえ良好とはいえない顔色を一瞬でさらに青く変化させ、必死にモーガンの
下から這いずり出ようとするが、重い上に腰を抱き込まれていて逃げられない。
 モーガンが背中でにやりと笑った・・・様な気がした。
 キルケ大ピンチ!
「逃げられませんよ、私の方が重いんですから。」
「何処触ってんだこのアホーーーーーーーーー!!!」 

 キルケの叫びが、竜洞に空しくこだました。
 哀れ。
 つうか「アホ」ってあんた・・・。

 因みにその頃の軍主ご一行。
「はあ、はあ、・・・なんとか逃げ切れましたね。」
「ああ。」
「魔物が出ないうちに早いところ先に進もうぜ。」
「ああ。」
「そうですね、さあ行きましょう。・・・ルビイさんどうしたんですか、明後日の方
向なんか見て。」
「・・・いや、何でも・・・・・・無い。」
 ルビイが見ていたのは今さっき自分達が逃げてきた方向である。
 実はキルケとモーガンがいない事にとっくの昔に気付いていたのだが・・・。
(まあ良いか。帰りにでも拾ってやれば良いな。もしくは『事』が済んだら自力で出
てくるか。)
 風に乗って微かに聞こえたキルケの叫びは、普通の人間の耳には入らなかったが、
大きなエルフの耳には入っていたらしい。
 ルビイは全てを理解していた。
 誠に恐るべきは、メンバーが二人もいない事に全く気付かない軍主達か、はたまた
このはぐれエルフか。

 その後リュウカンを迎えに行く時になってようやく二人は発見されるのだが、こん
な所に置いてきぼりにされたのに妙に機嫌がいいモーガンと、その横でぐったりと眠
るキルケの間に何があったのかは、まさに神のみぞ知る。

 めでたくもありめでたくもなし。

[了]
 



豪華!SS付きで頂いてしまいました(笑)
もともと、走るモーガンさんとキルケをおねだりしたんですけど。
こんな素晴らしい!作品が頂けるとわ〜!!
いろいろ感激っス!家宝にします!(笑)

というわけで、いろいろと趣味の嬉しい新帝羅さんのサイト、
第二理科準備室』へどうぞ!(オモテですので注意)