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自分の口から放たれた狂気じみた叫び声に驚いてアンジーは飛び起きた。
呼吸は激しく乱れ、全身が汗に重たく濡れている。
闇の中で、呼吸を整える。幸いと言うべきか、辺境の街の宿屋の一室には自分しかおらず、先刻の叫びを誰にも聞かれずにすんだらしい。
いや、実際の所、本当に叫び声を上げたかどうかも定かではない。
確かに叫んでいたのは、夢の中での出来事か。
一体、何の夢を見ていた?
自問するアンジーの頬を、幾筋もの汗が滴り、夜着にぽたぽたと落ちた。
部屋の中は蒸し暑かったが、尋常ではない自分の姿に困惑したように、手の甲で乱暴にそれを拭う。
解放戦争が終結して、三か月が過ぎていた。まともに商売をしようと、街々を飛び回る日々が続いていた。
成功や失敗の繰り返しに休む間もなく、だがそれが思いのほか楽しくて、自分は案外この道に向いているのかもしれない、とすら思い始めている。
だが、充実した日々が過ぎていくにつれ、徐々に明確になっていくのは、胸の中の空虚な隙間。
足りない。
何かが足りない。
それが何であるか、アンジーは薄々感づいてはいた。
だが、言葉にするのが怖くて、アンジーは全身でそれを否定するかのように働いた。
けれど、最近ではその事に無理が生じているのだろうか、酷く嫌な夢を見る様になっている。
目が覚めると、その夢の内容は全く思い出せず、ただ残るのは悪寒と、汗にまみれた酷く熱を持った身体だけ。
厄介なのは、行き場を無くして身体の中を暴れ回るその熱だ。
アンジーは溜め息をついた。深く、とても深く。
汗は徐々に引いて、呼吸も治まってきた。ベッドの端に腰掛けるようにして座り直すと、微かな衣擦れの音が静寂と闇の中に広がった。
そのまま、時が過ぎてゆくのをじっと待つ。だが、一向に熱は収まらない。
解放する方法は判っていた。とても安易な方法だ。別に、嫌悪や罪悪感を持つ必要もない。
「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・」
やや躊躇いがちに、アンジーは熱を孕んでいるその場所に薄布の上から触れた。途端に、全身を駆け回っていたその熱が、一気にそこに集約されていくのが判る。
熱い。
薄く開かれた唇からは、段々と忙しなさを増していく呼吸が紡がれる。
次第に身体は更なる刺激を求めて鼓動が跳ね上がって行く。それに耐えられずに、アンジーは薄布の中に指を滑り込ませた。
「・・・・・・・・ふ・・・・・・ぁ・・・・・・・・・」
呻きともなんともつかない声が洩れる。妙に冴えていた意識が、次第に白く濁っていくような感覚に、アンジーは唇を噛んだ。
誰かを、求めているのだ。
誰かを。
唇や指先や声を思い出す。
思い出そうとするが、身体はせり上がる快感に勝てない。思い出せない。
全神経がそこに集中したかのように、何も考えられなくなっていく。溢れ始めた蜜は、それ自体が意識を持っているように、更にアンジーを駆り立てて行く。
「あ・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」
低く、抑えられない声が、他人のものの様にさえ思えた。
びく、と全身に痙攣が走る。
「・・・・・・は・・・・・・ぁっ・・・・・・・・・っ!!」
自身を抱き締める程身体を折り曲げて、一気に頂点を目指して昇り詰める。手の中に白濁した熱を全て吐き出して、その余韻に戦慄く背中をゆっくり起こす。
長い溜息をつく。
解放された熱が、アンジーの手から滴って床に落ちた。
それでも。
あれほど欲してやまない物を、なぜ思い出せない?
どさ、とベッドに横たわると、今度は熱を奪われて急速に冷えていく体だけが残った。
一人で生きていくには、世界は平和すぎた。
叶うならば、戦いの中に身を置いていた頃の。
あの、「誰か」の横で。
(TEXT by A氏)
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